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なぜ、私がヴィーガンにこだわるか?





NIJIYAのはじまりはコーヒー専門店ではなく、ヴィーガンのお弁当販売だったことをご存じの方はいるでしょうか?


最近、NIJIYA coffeeのインスタグラムではプラントベースミルクを使ったコーヒーやスイーツレシピをご紹介しています。


いきなりどうした、と思う方もいらっしゃるかもしれません。


実は、私にとって「何を食べるか」は過去の挫折から立ち直るのに非常に重要なテーマで、ヴィーガニズムとの出会いがひとつの転換点でした。



2023年2月現在、

私は完全な菜食主義ではありませんが、これまでどのように食や人生と向き合ってきたかについてご紹介したいと思います。


※私の半生に近くなってしまい、内容が長くなってしまいました。

これでもだいぶ端折っているので、また別の機会に補足したいと思っています。




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1 過食という暴力で自分を苦しめた




私が「食べること」と向き合うようになったのは、大学生時代の失恋がきっかけでした。


つき合っていた人にフラれた、というシンプルな失恋。


そのころの私は、自分にどんな才能や個性があるのかわからず、とりわけこれが好き!と言えるものもないのが悩みでした。


今思うと怖いのですが、「何もない自分」をごまかすかのように「好きな人」の趣味や音楽に寄っていて、自分もそれが好きだと思い込むところがありました。


思ったことを自分の言葉で説明することがとにかく苦手で、嫌われるのが怖い。

誰かのスタイルに依存することで、自分自身が批判などを受けないための自己防衛をしていたようにも思います。




フラれたときはもちろん、大いに傷つきました。


もともと私はあまり人に話して発散するタイプではないこともあり、学校とバイト以外ひたすら引きこもる日々。


一人で「ああすればよかった、こうすれば…」と思考がぐるぐる、おんなじところで停滞していました。


「心にぽっかりと空いた穴」というのもリアルに実感し、いつしかそれを食べ物で埋めるようになっていました。


自己流のDIYや料理などクリエイティブな作業はもともと好きで、一人暮らし中もほぼ自炊。そして、食べることはそれ以上に好きでした。


このときは「食べること」=「満たされること」で、自分でコントロールできる唯一のことのように感じていて、正常な食欲に従うことができない異常さがありました。




そしてここからが、私にとっては本当の地獄。


お腹がいっぱいになっても「食べる」という行為をやめられず、気づくと3ヶ月で7kgくらい激太りしていました。


もともとあった自分のコンプレックスに輪をかけるように体型にも劣等感が付きまとい、「私、何やっているんだろう」という後悔の毎日。


もちろん、ここからダイエットを決意するのですが、「食べちゃいけない」という縛りがあると余計そこに執着してしまう、そしてさらに太る、というジレンマに長く苦しみました。


結局、最も大切な就活の時期になにも行動できず、自分への失望とこの先の不安を抱えたまま大学の4年間を終えました。




2 インドでの気づき




大学卒業後は、特にやりたいことも見つけられないまま実家に帰りました。


希望する職種さえ見つけられず、家族に勧められるがまま町役場の臨時職員枠に滑り込むという情けなさ。


臨時職員として働いた2年の間は周囲の方にも恵まれ、今思うととても貴重で幸せな日々でしたが、とりあえず無職ではないものの就職先すら自分で決断できなかった、という劣等感が強く残り「早く何かを見つけなければ」という焦りの時間が続きました。


時間だけはたくさんあったので、まずは図書館で本を借りてジャンルを問わずひたすら読みまくりました。



さらに年に2回(雇用規則の関係で)1ヶ月のまとまったお休みを取得できたので、その間インドへ一人で旅行に行きました。


初めて一人で南インドを長距離バスで移動して、現地の人とコミュニケーションをとり、バックパックでひたすら歩く、というシンプルな旅。


本を読むことと実際の体験をすることで知見も多少拡がり、その体験と感動すべてが自分への自信に変わっていきました。


インドで特に興味を持ったのが、やはり「食事」。

この頃私は一時期よりは痩せたものの、「太る」ということに異常な恐怖があり、食事そのものを楽しめない感覚がありました。



インドでは、レストランのほとんどのメニューが「ベジタリアン」か「ノンベジ」かという枠で仕切られ、また現地で知り合った方に食事を振る舞われるときも同じことを聞かれます。


何を食べるか、ということがその人のもつ個性や思想を反映するという感覚がまず新鮮で。


単に嗜好の問題だけではなく、宗教上の理由や動物愛護や福祉の観点から肉を食べない人がいるということは知ってましたが、私の場合は美容や痩身への期待から「ベジタリアン」の食事に興味を持ちました。



ベジタリアンと一口に言っても、肉は食べないけど魚介類は食べる(Pesco Vegetarian)とか、肉魚は食べないけど卵は食べる(Ovo Vegitarian)など他にも種類があります。


そしてその目的は前述のとおり、動物愛護や倫理観、美容や健康、嗜好、宗教上の理由、など世界中さまざま。


なかでも厳格な「ヴィーガン(Vegan)」は、肉・魚・卵のほか、ハチミツや乳製品も摂らず、衣食住全てにおいて動物性のものを使用しません。


英国ヴィーガン協会の定義によると「ヴィーガニズムとは、人間は動物を搾取することなく生きるべきとする主義」としています。


博愛や健康などいかなる個人的な理由からではなく「自身の目的のために生きものを利用する権利はない」という考え方。






はじめ私は「ヴィーガン」を単なる食事法のひとつと捉えていましたが、結果的にその思想に強く影響を受けヴィーガン食を実践しました。


「生きものから搾取しない」という思想そのものが、それまで読んで特に好きだった宮沢賢治やガンジーの考え方に共通していると感じ、私の中でつながった気がして。


ヴィーガニズムに触れたことで、それまで心を動かされるようなものに出会えなかった自分に、なんとなくですが目指したい世界や理想の自分が見えてきたような感覚も得ました。


ここから少し、世界の見方が変わったのを覚えています。






3 プラントベースでなにを得たか?



私の場合はそもそも「痩せたい」という気持ちがはじめにあったので、はじめは健康や美容の観点でベジタリアンやプラントベース(植物性)の食事を実践していました。


本や雑誌、海外のサイトでベジタリアンのレシピを見て実際に作るということを繰り返し、

その過程で、加熱しないで食べる「ローフード」にも出会いスクールにも入校。

「ローフードマイスター1級」の認定資格も取得。


その過程で、どこか受け身で決断が苦手、起こる出来事の大半を周りの人や環境のせいにしていた自分が変わったのだと思います。


結果的に体重は元の状態に戻ったし、食べ方を考えることで環境や社会課題に目を向けるきっかけにもなりました。


(痩せたことに関しては、同時期にヨガやサーフィンなどもはじめていたので食事だけが原因だったとは考えていません。他にも加工食品やお菓子なども食べなくなったことなど、複数の要因が結びついたと思っています。)



インド旅のあとも何度か海外旅行を重ね、オーガニックのレストランやWHOLE FOODSのようなスーパーマーケットに入り浸り、ヘルシーな食事(また、それがどういうものか)を自分なりに追求することに夢中になっていました。



日本に帰ってからも海外ブロガーの方のレシピなどを参考に、手に入る材料でアレンジしてヴィーガンのケーキやクッキー、マフィンなどを作って周りの人に配っていました。




いつか、ヴィーガンカフェのようなお店ができたらいいなと考えるようになったのもこの頃です。


そして数年後、ヴィーガンのお弁当をきっかけに起業しました。



その後は結婚し出産、育児を経験し、「持続可能である」ということをどの立場で、どれだけの尺で考えるかはとても重要だということにも気づきました。


また、一本の映画をきっかけに「コーヒー」というプロダクトが不均衡な貿易システムや搾取する側とされる側の格差、貧困などに深く関わり、少しずつそれが変わっていることに着目。

現在は、自家焙煎コーヒーの販売を主軸に活動しています。




NIJIYAの根底にあるのは、ヴィーガニズムに通じるような搾取のない「世界がぜんたい幸福」な未来への期待です。


おそらく一生、答えの出ない問いに向き合いながらNIJIYAそのものが今後も変化するし、後退もしていくのだろうなと思います。


かつて、決断ができなかった自分に確実に言えるのは、自分がなにをすべきかをはじめから完璧に決めるなんて無理だということ。


なにをすべきかは、なにもわからないまま社会の中に身を置いて、たまたま(か、必然か)出会った人たちとの比較の中で浮き彫りになった自分と向き合うしかない。


自分と違う他者の考えに戸惑いつつ、でも決して排除するのではなく、傷つきながらちょっとずつ柔軟性やバランス感覚も養って、「自分なりの絶対はこれ」を突き詰めていくしかないと思っています。


きっと、そうやって世界は前に進む。


「その過程すべてに、意味はある」と心から思います。





さいごに、


現在、私は完全なヴィーガンではありません。


動物性食品を一切取らなくなって数か月で、もともと貧血気味の体質だったのがさらに数値が悪化し、薬に頼らざるを得なくなったこと、が主な理由です。


ヴィーガンと健康に関するデータなども自分なりに調べ、健康の改善が見られた例もありましたがその逆もあると知り(正確には病気などの種類によって違う)、私の場合は続けるべきではないと判断しました。


健康との関係についてはまた後日。


また、今は小さい子どもを育てる親の立場でもあるので長期的な影響も考えつつ、ヴィーガンレシピをお菓子作りに活かすなどゆるく実践しています。


以下に、私がヴィーガンを経験して変化したことをまとめてみます。

(あくまで主観です。誰にでも当てはまるものではないので参考程度に。)


どんな食事法も、人によって合う合わないが必ずあります。


興味があれば、ご自分でも調べてみてくださいね。






【私がヴィーガンを体験して変わった15のこと】

前向きになった

執着しなくなった

創造的になった

体重が減少した

便秘が改善した

生理が軽くなった

すぐに行動できるようになった

人と自分を比較しなくなった

ぐっすり寝られるようになった

楽しく生きられるようになった

人に優しくできるようになった

大好きな人が増えた

やりたいことと行きたい場所がますます増えた

人生の満足度が上がった

自分を好きになった


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